生物錯体化学研究室の研究課題 (Research Subjects of LBCC)

 生体内には,鉄,銅,コバルト,マンガン,亜鉛などの金属原子を含んだいろいろな種類の酵素が存在する.これらの酵素は生体内の化学反応を温和な条件で特異的に進行させるための触媒として働き,金属原子はそれらの酵素の特異的な機能を発現させる「活性中心」になっている.
 ある種の金属錯体は a)酸素分子の活性化によるDNA切断,b) DNAリン酸エステル結合の加水分解,c) 配位子の特異的な立体構造によるDNA高次構造や塩基配列の認識,d)配位子の修飾による生体内輸送機能の制御,などにより,生体内で細胞の遺伝情報の制御を行う機能を持っている.本研究室では,そのような金属錯体の特性を利用して,抗ガン性や人工制限酵素などの機能を持った金属錯体やDNAチップの検出素子となる金属錯体の開発を目指して,DNAと関連した以下のようなテーマで研究を行なっている.

1.DNAと結合する多様な金属錯体の合成 (Synthesis of DNA binding metal complexes)

complex  金属イオンである銅,鉄,ニッケル,マンガン,コバルト,バナジウム,ルテニウム,白金などに、配位子としてアミノ酸,ペプチド,フェナントロリン,シッフ塩基,ポルフィリン,チオセミカルバゾン,大環状ポリアミン,ブレオマイシンなどを組み合わせることによって金属錯体の複合体を合成し,高度な機能の発現を試みる.

2.DNAと結合した金属錯体の立体構造の解明 (Analysis of DNA binding structures of metal complexes)

dna and complexes a) DNAファイバーを用いた電子スピン共鳴(ESR)測定により,常磁性金属錯体とDNAとの立体特異的な結合を評価する.また,DNA上での錯体の分子運動の評価も行う.DNAファイバーを用いたESR測定は当研究室で開発された独特の技術である.
b) オリゴヌクレオチドと結合した反磁性金属錯体の結合構造を核磁気共鳴(NMR)の測定を行い,ケミカルシフト変化,分子内COSY, 分子間NOEなどにより決定する.
 上記の測定に加えて,可視紫外吸収(UV),CDスペクトルなどの分光学的測定と,下に述べる計算化学的手法と三次元コンピュータグラフィックなどを併用してDNAと錯体の結合構造を解析する.

3.金属錯体とDNAとの反応解析 (Analysis of the reactions of metal complexes with DNA)

 DNAと金属錯体の以下のような反応を,アガロースゲル電気泳動,アクリルアミドゲル電気泳動,ESI-MSなどにより解析する.酸化的切断反応の反応機構については,種々のスカベンジャーの効果,スピントラッピングによる反応中間体の同定により行う.
a)合成した金属錯体がどの程度のDNA切断活性をもっているか.
b)DNA上のある遺伝情報に対応した特異的な塩基配列の部位に結合できるか.
c)DNA上のある遺伝情報に対応した特異的な塩基配列の部位の近傍のみを切断できるか.

4.量子化学計算,分子動力学法などを用いた機能性金属錯体の分子設計
(Design of functional metal complexes by computational chemistry)

reaction DNA and complex  今後,検討しなければならない金属イオンと配位子の組み合わせは膨大な数となる.そのため,近年急速に進歩しつつあるコンピューターケミストリーを利用して分子のエネルギー状態や分子間相互作用を評価し,ドラッグデザインを行う.このために,Gaussian 03, GAMESS, Amber9, Hyperchem7などのアプリケーションソフトを利用して,金属と配位子の結合にかかわる力場パラメータを開発し,分子力学法,分子動力学法の計算により,錯体とDNAと結合構造を解析する.

5.一塩基変異を見分けるプローブの設計 (Design and synthesis of DNA probes for SNP detection)


 ヒトゲノムの解読を受けて,ゲノム科学は構造解析から機能や多型解析へ,また種から固体にその研究対象を移してきており,その膨大な遺伝情報を自在にかつ正確に読み出す手法の開発が求められています.従来法の多くはプローブの単純なハイブリダイゼーションを利用しているため,プローブの高性能,高機能化には限界があります.そこで超分子化学的な発想,即ち,複数のプローブ間で働く自発的相互作用を活用することにより,単一分子プローブでは実現出来ない高機能を目指し,研究を進めております.

 以上の研究は物理化学,無機化学,有機化学,生化学などが関連した境界領域に属している.従って,生命現象に興味のある人,有機合成の得意な人,DNAの生化学反応に関心のある人,コンピュータ化学をやってみたい人,など多様な研究者の協力によって研究が大きく進展するであろう.